長男の突然の死がショックで記憶喪失になった母のため、彼はアルゼンチンで働いているという嘘を家族ぐるみでつき通す一家の再生物語をユーモラスに描いたヒューマン・コメディ。松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画プロジェクト第6弾。出演は岸部一徳、原日出子、木竜麻生、加瀬亮。監督はこれまで助監督として活躍してきた野尻克己。本作が記念すべき長編映画監督デビューとなる。
あらすじ:鈴木家の長男で長年引きこもり生活を送っていた浩一が、ある日突然自らこの世を去った。母の悠子はショックのあまり意識を失ってしまう。四十九日ぶりに目を覚ました悠子は、浩一が亡くなったことを覚えておらず、娘の富美はとっさに“お兄ちゃんはアルゼンチンでおじさんの仕事を手伝っている”と嘘をつく。父の幸男もこの嘘に乗っかり、親戚たちも巻き込んで必死にアリバイ作りにいそしむ鈴木家の面々だったが…。
<感想>引き籠りの中高年齢化が叫ばれて久しいですが、重いテーマだからかわざと滑稽にしたり、感情が高ぶった親戚のおばさん(岸本加世子)がやたら大声で話したりして、始めはユーモアたっぷりに描いていたので、返って白けてしまった。
現在最も多いのは40歳代の男性であり、それは比較的経済力の安定した親のもとで少年時代を過ごし、そして就職氷河期にぶち当たった世代に多いそうですね。
冒頭での鈴木家の長男・浩一が自宅の部屋で首を吊るシーンから始まる。本棚から書籍やCDが溢れていて、いかにも温厚な青年性を温存した自室は、まるで引き籠りの部屋としては優雅な感じがしないでもなかった。
これがデビュー作となる野尻克己監督の実兄がモデルらしい。チェ・ゲバラに憧れていた浩一は、ロマンも理想も高く、現実的な自己実現が困難だったことが想像できる。
妹の富美の木竜麻生は自死遺族のグリーフケアの会で、兄のプライドの高さを指摘する。兄妹との性格の違いに、妹の真剣に前向きな生き方と、兄が弱弱しく引き籠りで親に食わせてもらっているという、この辺りのディティールは生々しい。だから、兄の誕生日に母親がケーキを作り、妹に兄を呼んできなさいと言われ、部屋に行き、つい心の叫びをそのまま酒んでしまった。「いつまで働かないで家にいるのよ、生きている価値がない、死んでしまえ」と言ったことを今更ながら後悔している。
ただし全編において際立つのは、壮絶な実体験を引き剥がして対象化して、端正なフィクションとして構築する姿勢になっていたのは良いとしよう。
それは鈴木家という日本で最も一般的な苗字の一つとして採用し、実は私の旧姓も鈴木なので、抽象化の回路を通したことからも、うかがえるだろう。
お話の主軸として展開するのは、母親の悠子を演じる原日出子をめぐる珍騒動であります。息子の死のショックで記憶喪失した彼女に対して、家族や親族の面々は、浩一はアルゼンチンでおじさんの商売の手伝いをしていると、苦し紛れの嘘をつく。
この嘘から、次々と苦し紛れの嘘が大げさになっていくのも面白い。外国の映画で、昏睡状態から目覚めた母親に、ドイツ統一を知らせまいと奮闘する悲喜劇の「グッバイ、レーニン!」(03)を連想させる組み立て方である。
キーパンソンとなるのは、母親の弟の博で、大森南朋が演じている。彼は、気楽な能天気なバカ中年なのだが、行動力に富んだ明るい自由人であり、人生を楽しんでいる。この道化的なキャラクターを、頭でっかちな浩一の対照的、かつ批評的な人物として描いたところに、本気の無念と冷静な距離感という監督のバランスのとり方が象徴されているような気もした。
不在の中心となる浩一は、永遠に“息子”なのだ。ホームドラマの主題設定は、「万引き家族」(18)に代表されるように、子育てとサブテーマとしての貧困が、世界的な傾向として全面化しており、観客の関心も未熟な自分たちが、“父親になる“という試練の方にシフトしていた。
しかしながら、「鈴木家の嘘」は、まだ息子としての俺たちは片付いていないぞと、忘れかけていた問題を突き付けて来る。と同時に、父親・幸夫の岸辺一徳が、浩一と交流していた風俗嬢を探して、ソープランドへしつこく訪ねる姿は、悪あがきで滑稽だからこそ胸に染み入るのだ。
ここにも個人的な体験を、普遍のフレームへと押し上げようとする野尻克己監督の強い意思を観ることができる。それに、浩一は亡くなる前に、妹の富美と、ソープ嬢のイブちゃんに、1000万円の生命保険受取人にしていた。
引き籠りの息子が、普通の男と同じくソープランドに入れあげていたことが分かり、ほっとする父親でもある。だが、何故に急に思い立って首つり自殺をしたのだろうか。残された家族は、自分自分に、浩一に対して察してあげなかったことを詫びて、嘆くのだ。家族だからこそ、どうしてもっと心を受け止めて上げなかったのかとか、考えたらきりがない。
親として、子供に先立たれた哀しみと怒りが、胸につまされる作品でもありました。折り目正しい古典的な映画作法の奥に、魂を込めたオリジナル脚本の迫力が熱く感じて来る一本であります。数多くの作品の助監督を経て姿を現した、新人監督の渾身の作品として皆さんに歓迎されることを願う。
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