『スラムドッグ$ミリオネア』でオスカーを手にしたダニー・ボイル監督作『トレインスポッティング』の続編。前作から20年後を舞台に、それぞれワケありの主人公たちの再会から始まる物語を描く。脚本のジョン・ホッジをはじめ、『ムーラン・ルージュ』などのユアン・マクレガー、ユエン・ブレムナー、ジョニー・リー・ミラー、ロバート・カーライルらおなじみのメンバーが再集結。一筋縄ではいかない男たちの迷走が見どころ。
<感想>1990年代ポップカルチャーを象徴する作品として知られる96年製作のイギリス映画「トレインスポッティング」の20年ぶりとなる続編。それから21年が経過した今年、続編が登場する。スタッフもキャストも前作同様で、20代だった主人公たちの20年後が描かれる。
映画は、オランダで暮らしていた主人公のレントン(ユアン・マクレガー)が、故郷のエジンバラに戻って来る場面から始まり、かつて仲間だった裏家業のシック・ボーイ(ジョニー・リー・ミラー)、現在はサイモンになっている。気のいいスパッド(ユエン・ブレムナー)と再会する。そしてレントンに殺意を抱く短気なベグビー(ロバート・カーライル)との対決が山場となる。前作では4人の若者たちの群像ドラマだったが、今回は家庭生活や就職に失敗した人物たちをペ-ソスとユーモアを込めて見つめたキャラクター・ドラマとなっている。
映像やアクションの積み重ねが語りのうねりを作り出し、正統派の群像コメディとしても成立している。4人の生活は相変わらずダメダメだとしても、20年の年月は確実に各キャラクターの人間性に厚みを加えていて、その結果、失われた時間、与えられなかった選択わざといった主題が説得力を持って胸に迫るものがあるようだ。俳優たちも20年の歳月を背負っているわけで、演じている俳優の身体性がこれほど力を持つ企画もあまりないと思う。
それに、今回のサントラも前作同様、新旧ロックを組み合わせた構成になっている。日本での一般的な知名度は低いミュージシャンばかりだが、久しぶりに実家に帰って来たレントンが、かつて愛聴した「ラスト・フォー・ライフ」のレコードを聴こうとするが、そうすることが出来ない。青春時代の自分は錆びついてしまい、かつてのリズムを取り戻せないのだ。
そう感じているのは彼だけではなかった。シック・ボーイやスパッドも同じで、スパッドは自殺を考えたことさえあった。しかし仲間たちの再会を経ることで、中年の危機を脱出して新しい自分に辿り着く、サイモンは友情を取り戻し、スパッドは意外な才能(小説を書くこと)を発見し、ベグビーもまた父と息子の関係において新しい気付きを得る。
しかし、1作目では怒りが爆発すると暴力の塊となるベグビー、見る者を恐怖のどん底に追い込むロバート・カーライルの演技が見事だった。なにしろ実際の彼は優しくて静かな人だから、驚きなのだ。続編ではレントンに復讐の念を燃やすベグビー、これがまた恐ろしい。あのレイジをどうやって生み出すのだろうか。
それと、レントンがサイモンの女になったようなダイアンを口説くシーンでは、ダイアンの前でかっこつけたり意気込んでいる。彼女と寝たいからだけれども、彼のキャラの特徴を象徴しているセリフだよね。
ラストで両親の家の自分の部屋で、ベッドに寝そべってレコードを聴くシーンでは、冒頭で聞けなかった「ラスト・フォー・ライフ」が流れ出す。
中でも1作目の若かった彼らのイメージを合成したり、9歳の頃の4人を描き、男の友情や絆について問いかけるシーンもある。そして、1作目のアイコニックな場所を訪ねたり、オマージュ的なシーンも満載。アクションあり、笑いあり、加えて男のノスタルジアにさえ触れるのだ。
前作を観たかで面白さが違って来る映画であって、20年の歳月で、こんな風貌になってしまうのかと思った。社会はそれなりに変わってきているのに、お馴染みの男たちは相変わらずダメ人間のままで、前作を観た年配者たちは、わが身を顧みつつ、ため息が出て来る。せめてもの救いは、ダニー・ボイルが作り出すポップな映像と懐かしいサウンド。エディンバラを舞台に、当時のスタッフとキャストをよくぞ集結させたものだと、その点では脱帽しました。
2017年劇場鑑賞作品・・・82アクション・アドベンチャーランキング
<感想>1990年代ポップカルチャーを象徴する作品として知られる96年製作のイギリス映画「トレインスポッティング」の20年ぶりとなる続編。それから21年が経過した今年、続編が登場する。スタッフもキャストも前作同様で、20代だった主人公たちの20年後が描かれる。
映画は、オランダで暮らしていた主人公のレントン(ユアン・マクレガー)が、故郷のエジンバラに戻って来る場面から始まり、かつて仲間だった裏家業のシック・ボーイ(ジョニー・リー・ミラー)、現在はサイモンになっている。気のいいスパッド(ユエン・ブレムナー)と再会する。そしてレントンに殺意を抱く短気なベグビー(ロバート・カーライル)との対決が山場となる。前作では4人の若者たちの群像ドラマだったが、今回は家庭生活や就職に失敗した人物たちをペ-ソスとユーモアを込めて見つめたキャラクター・ドラマとなっている。
映像やアクションの積み重ねが語りのうねりを作り出し、正統派の群像コメディとしても成立している。4人の生活は相変わらずダメダメだとしても、20年の年月は確実に各キャラクターの人間性に厚みを加えていて、その結果、失われた時間、与えられなかった選択わざといった主題が説得力を持って胸に迫るものがあるようだ。俳優たちも20年の歳月を背負っているわけで、演じている俳優の身体性がこれほど力を持つ企画もあまりないと思う。
それに、今回のサントラも前作同様、新旧ロックを組み合わせた構成になっている。日本での一般的な知名度は低いミュージシャンばかりだが、久しぶりに実家に帰って来たレントンが、かつて愛聴した「ラスト・フォー・ライフ」のレコードを聴こうとするが、そうすることが出来ない。青春時代の自分は錆びついてしまい、かつてのリズムを取り戻せないのだ。
そう感じているのは彼だけではなかった。シック・ボーイやスパッドも同じで、スパッドは自殺を考えたことさえあった。しかし仲間たちの再会を経ることで、中年の危機を脱出して新しい自分に辿り着く、サイモンは友情を取り戻し、スパッドは意外な才能(小説を書くこと)を発見し、ベグビーもまた父と息子の関係において新しい気付きを得る。
しかし、1作目では怒りが爆発すると暴力の塊となるベグビー、見る者を恐怖のどん底に追い込むロバート・カーライルの演技が見事だった。なにしろ実際の彼は優しくて静かな人だから、驚きなのだ。続編ではレントンに復讐の念を燃やすベグビー、これがまた恐ろしい。あのレイジをどうやって生み出すのだろうか。
それと、レントンがサイモンの女になったようなダイアンを口説くシーンでは、ダイアンの前でかっこつけたり意気込んでいる。彼女と寝たいからだけれども、彼のキャラの特徴を象徴しているセリフだよね。
ラストで両親の家の自分の部屋で、ベッドに寝そべってレコードを聴くシーンでは、冒頭で聞けなかった「ラスト・フォー・ライフ」が流れ出す。
中でも1作目の若かった彼らのイメージを合成したり、9歳の頃の4人を描き、男の友情や絆について問いかけるシーンもある。そして、1作目のアイコニックな場所を訪ねたり、オマージュ的なシーンも満載。アクションあり、笑いあり、加えて男のノスタルジアにさえ触れるのだ。
前作を観たかで面白さが違って来る映画であって、20年の歳月で、こんな風貌になってしまうのかと思った。社会はそれなりに変わってきているのに、お馴染みの男たちは相変わらずダメ人間のままで、前作を観た年配者たちは、わが身を顧みつつ、ため息が出て来る。せめてもの救いは、ダニー・ボイルが作り出すポップな映像と懐かしいサウンド。エディンバラを舞台に、当時のスタッフとキャストをよくぞ集結させたものだと、その点では脱帽しました。
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