第83回アカデミー賞外国語映画賞受賞作『未来を生きる君たちへ』のスサンネ・ビア監督と脚本家アナス・トマス・イェンセンのコンビによるサスペンス。妻子と幸せな日々を過ごしていたが、突如思いも寄らぬ悲劇に見舞われた刑事の葛藤を、育児放棄や家庭内暴力など現代社会が抱える問題を取り上げながらスリリングに描く。テレビドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズなどのニコライ・コスター=ワルドーを主演に、『ある愛の風景』などのウルリク・トムセンらが出演。
あらすじ:愛する妻と幼い息子と幸せな毎日を送っていた刑事のアンドレアス(ニコライ・コスター=ワルドー)は、通報を受けて同僚のシモン(ウルリク・トムセン)と共に現場に駆け付けた一室で、薬物依存のカップルと目を覆うような、トイレで糞尿まみれで放置された赤ん坊がいた。育児放棄の現場を目の当たりにするアンドレアスは怒りを覚える。
相棒のシモンは、離婚でアル中になり自暴自棄に陥り心配するアンドレアス。
夫婦でわが子をいつくしむ日々は愛に満ちていたが、ある日思いがけない悲劇に見舞われ、アンドレアスの中の善悪の価値観が揺らいでいき……。
<感想>デンマーク発、予測不可能なサスペンス北欧ミステリーである。赤ん坊の取り替えがテーマのサスペンスドラマですが、基本となる設定に不可解な感じがして素直に乗れなかった。サスペンス映画風な撮り方をしているが、この女流監督が描こうとしているのは、サスペンス映画でないことは明らかだ。
スサンネ・ビア監督に限らず、ネグレクト問題や育児ノイローゼを半端なく描くのは女性監督独特のエグさでもある。
アンドレイアスたちの赤ん坊に異変が起こった時にも、反応を見るため赤ん坊の腕を持ち上げてポトンと落として見たり、身体を揺さぶったりするのに、観ている側は心臓が縮むような錯覚を覚える。新生児の赤子を扱うのは難しいのに、そんなに乱暴に扱ってもいいのだろうか。
それに、妻が「絶対に死んではいない。私から赤ん坊を奪うなら死んでやる」と豪語しまくるまるで精神病患者のようにも取れる。ところが我が子の遺体が見つかり、検視をした結果、我が子は母親の虐待による死というのだ。愛する妻が、我が子を虐待死させたとは信じられない事実が判明する。
もう一人の、赤ん坊を誘拐され取り違えられた女のサネも、いくら薬ちゅうでラリっていても自分の子供の見分けくらい付くというもの。彼女もトイレで死んでいる赤ん坊を見て「私の子供ではない。」とキチガイのように暴れ回る。夫のトリスタンから我が子を守り、傷一つない健康な赤ん坊に育て上げている。
男のトリスタンは、赤ん坊が死んだのをいいことに、公園にいき自分の赤ん坊が誘拐されたと騒ぐ。そして、森の中へと赤ん坊を埋めに行くのだ。
俳優たちの顔がクローズアップして、どれも本当に素晴らしい。その上ミステリーとしての構成が非常に巧みで、「母親であること」の気高さと恐ろしさが生々しく描かれている。だが、自分の子供の遺体を、しかもあのような人柄の主人公があんな風に我が子を扱うだろうか。我が子を死体遺棄に、誘拐までして、妻のご機嫌取りをしなくても。
それに、すでに妻は半狂乱で、息子を死なせたのは自分だと、自殺の予感がしていたのに。それをくい止めるためって、いくらなんでも他人の子供を誘拐してまで、我が子の代わりにはならないのだ。
二組の対照的な夫婦、方や警官で、方やジャンキーの男女。いくら自分の子供が産まれて間もなく死んでも、自堕落で誰からも疎まれる存在なのに、育児放棄しても元気いっぱいの子を持つ男女。だからといって、自分の亡くなった息子とその薬物中毒の男女の子供を取り換えて、我が子にするというのは人道に反しているとしか思えない。
いかに、後半の展開が見事でも、妻がノイローゼとなり、夫が盗んできた赤ん坊を深夜に乳母車に乗せて、橋の中央でトラックを止める。もしかしたら、トラックに轢かれていたかもしれないのに。そして、赤ん坊を運転手に預けて母親は川へ身を投げるという悲惨な結果に、夫のアンドレアスは、初めて自分のした赤ん坊を取り換えたことを悔やむのです。最後までこの一点が納得できないと、あそこの場面は別のアイデアを捻出して欲しかったと思いましたね。
妻を愛するあまりに考えた計画がアダとなるアンドレアスには、「オブリビオン」や「MAMA」(13)などで活躍した、ニコライ・コスター=ワルドーの美男ぶりが良かったです。
ただでさえ子供をめぐる不公平の公平みたいなものを描いた内容に、心が痛むが、中盤で待ち受ける飛んでもない秘密の暴露に、今度はまたもや心が暗くなるのだ。ドラマとしてもサスペンスとしても、とにかく重たく観た後にしこりが残る作品でありました。
2015年劇場鑑賞作品・・・143映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
あらすじ:愛する妻と幼い息子と幸せな毎日を送っていた刑事のアンドレアス(ニコライ・コスター=ワルドー)は、通報を受けて同僚のシモン(ウルリク・トムセン)と共に現場に駆け付けた一室で、薬物依存のカップルと目を覆うような、トイレで糞尿まみれで放置された赤ん坊がいた。育児放棄の現場を目の当たりにするアンドレアスは怒りを覚える。
相棒のシモンは、離婚でアル中になり自暴自棄に陥り心配するアンドレアス。
夫婦でわが子をいつくしむ日々は愛に満ちていたが、ある日思いがけない悲劇に見舞われ、アンドレアスの中の善悪の価値観が揺らいでいき……。
<感想>デンマーク発、予測不可能なサスペンス北欧ミステリーである。赤ん坊の取り替えがテーマのサスペンスドラマですが、基本となる設定に不可解な感じがして素直に乗れなかった。サスペンス映画風な撮り方をしているが、この女流監督が描こうとしているのは、サスペンス映画でないことは明らかだ。
スサンネ・ビア監督に限らず、ネグレクト問題や育児ノイローゼを半端なく描くのは女性監督独特のエグさでもある。
アンドレイアスたちの赤ん坊に異変が起こった時にも、反応を見るため赤ん坊の腕を持ち上げてポトンと落として見たり、身体を揺さぶったりするのに、観ている側は心臓が縮むような錯覚を覚える。新生児の赤子を扱うのは難しいのに、そんなに乱暴に扱ってもいいのだろうか。
それに、妻が「絶対に死んではいない。私から赤ん坊を奪うなら死んでやる」と豪語しまくるまるで精神病患者のようにも取れる。ところが我が子の遺体が見つかり、検視をした結果、我が子は母親の虐待による死というのだ。愛する妻が、我が子を虐待死させたとは信じられない事実が判明する。
もう一人の、赤ん坊を誘拐され取り違えられた女のサネも、いくら薬ちゅうでラリっていても自分の子供の見分けくらい付くというもの。彼女もトイレで死んでいる赤ん坊を見て「私の子供ではない。」とキチガイのように暴れ回る。夫のトリスタンから我が子を守り、傷一つない健康な赤ん坊に育て上げている。
男のトリスタンは、赤ん坊が死んだのをいいことに、公園にいき自分の赤ん坊が誘拐されたと騒ぐ。そして、森の中へと赤ん坊を埋めに行くのだ。
俳優たちの顔がクローズアップして、どれも本当に素晴らしい。その上ミステリーとしての構成が非常に巧みで、「母親であること」の気高さと恐ろしさが生々しく描かれている。だが、自分の子供の遺体を、しかもあのような人柄の主人公があんな風に我が子を扱うだろうか。我が子を死体遺棄に、誘拐までして、妻のご機嫌取りをしなくても。
それに、すでに妻は半狂乱で、息子を死なせたのは自分だと、自殺の予感がしていたのに。それをくい止めるためって、いくらなんでも他人の子供を誘拐してまで、我が子の代わりにはならないのだ。
二組の対照的な夫婦、方や警官で、方やジャンキーの男女。いくら自分の子供が産まれて間もなく死んでも、自堕落で誰からも疎まれる存在なのに、育児放棄しても元気いっぱいの子を持つ男女。だからといって、自分の亡くなった息子とその薬物中毒の男女の子供を取り換えて、我が子にするというのは人道に反しているとしか思えない。
いかに、後半の展開が見事でも、妻がノイローゼとなり、夫が盗んできた赤ん坊を深夜に乳母車に乗せて、橋の中央でトラックを止める。もしかしたら、トラックに轢かれていたかもしれないのに。そして、赤ん坊を運転手に預けて母親は川へ身を投げるという悲惨な結果に、夫のアンドレアスは、初めて自分のした赤ん坊を取り換えたことを悔やむのです。最後までこの一点が納得できないと、あそこの場面は別のアイデアを捻出して欲しかったと思いましたね。
妻を愛するあまりに考えた計画がアダとなるアンドレアスには、「オブリビオン」や「MAMA」(13)などで活躍した、ニコライ・コスター=ワルドーの美男ぶりが良かったです。
ただでさえ子供をめぐる不公平の公平みたいなものを描いた内容に、心が痛むが、中盤で待ち受ける飛んでもない秘密の暴露に、今度はまたもや心が暗くなるのだ。ドラマとしてもサスペンスとしても、とにかく重たく観た後にしこりが残る作品でありました。
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