アルバート氏の人生 ★★★．５

男として生きた女性が孤独の果てに見つける希望。監督はグレン・クローズと3度目のタッグとなるロドリコ・ガルシア。孤独な主人公の複雑な心情をすくいとり、女性映画の名手として手腕を発揮している。共演にはミア・ワシコウスカ、アーロン・ジョンソン、ジェネット・マクティア。
物語：19世紀のアイルランドのダブリンにある高級ホテルが舞台。主人公はこのホテルのウエイターであるアルバート・ノッブスで、小柄で無口な中年男だが用意周到な仕事ぶりで客の受けはいい。
しかし、アルバートには秘密があった。彼は男ではなく、女だったのだ。良妻賢母でなければ女にあらずという時代に、自立して生きていくことを決意したアルバートに残された道はただ一つ、男に化けることであった。
アルバートが何故そこまでして自立を求めたのか・・・。それは次第に明らかにされるのだが、少女時代のトラウマが男性主義社会への不信に膨らんでいったようだ。男を必要としない生き方を模索するアルバートは、ホテルに出入りする大男のペンキ屋が、実は女で同性の妻もいる事を知り、目から鱗状態で新しい生き方に目覚める。

＜感想＞「女の生き方」という普遍的なテーマを持った本作であるのに、最初から最後まで主役を演じたグレン・クローズが、30代の時に舞台版の主人公に魅了され、30年もの年月をかけて構想を練り、主演の他プロデューサーや共同脚本も手掛けたのだという。「危険な情事」でセクシーな悪女を演じていたあの時も、彼女の頭の中では表情を押し殺して男として暮らすアルバートが生きていたのか、と思うと目まいがするようだ。
この時代の状況を考えるとずいぶんと大胆な展開になっていくのだが、ホテルの客に若いゲイ・カップルがいたりして、そういえばダブリンは、かのオスカー・ワイルド生誕の地であったのだ。そのゲイカップルのヤレル子爵を演じたのが、ジョナサン・リース＝マイヤーズで最近はあまり目立たない脇役ばかり。

ホテルお抱えの酔いどれ医者が仮想パーティの場で、「我々は自分自身の仮装をしている」と言うところなど、この映画のテーマは明確に打ち出されており、それは仮装して生きなければならない社会への警鐘であるとともに、人間はしょせん仮装して生きる生き物なんだということも見え隠れする。
それにしても何故、グレン・クローズはそこまでアルバートに魅了されたのか。飢餓と疫病に見舞われ、お金もコネもない女性が、自分で身を立てて生きていくためには、女であることを偽るしかなかった１９世紀のアイルランド。
「男装の麗人」と言えば私には直ぐに宝塚のベルバラのオスカルを思い出すが、フランス革命では爵位を捨てて民衆側につき、その美貌のため女性たちから求愛を受けるも、アンドレイを愛し抜くオスカルと、男としても女としても輝いているとは言えないアルバートとでは天と地ほどの差があるのではないか。

しかし、自分に目覚めたアルバートが愛したのは、娘ほど年の離れたメイドとの未来に、本気で夢を抱く姿がいたたまれなく、その夢が「自分の店を持ちたい」と、自分のささやかな幸せを捜すことで、精いっぱいなのだ。
この時代は住み込みで食事付きということで、給料なんてものはもらえない。客からのチップを床下にせっせと貯めこんで、自分の店の資金にしようとしている。それが必ずしも良い結果に辿り着くとは限らない。あまりにもあっけないアルバートの死にざまに涙が出た。

ペンキ屋が女性と知ったアルバートが、彼女の家へ遊びに行き、幸せな家庭を築いているのに自分と若いメイドとの未来を夢に見る。しかし、アルバートが好きになったメイドの愚かな青春の過ちは、男装のペンキ職人を演じたジャネット・マクティアが思いがけない拾い物をした。その彼女の存在感に圧倒される。
中でも男に成りきったそんな女2人が、女性の服を着て街を散策するシーンは、何だか居心地の悪い感じがした。だが、彼女たちにとっては、念願の女としての女装スタイルだったに違いない。
この作品はそういうメッセージを含みながらも、波立つような描写は用心深く避けている。アルバートの内に秘めた感情こそが、この映画のスタイルであり、グレン・クローズの実にクールな演技が見事でした。いつもはドラマチックな役で熱演する彼女が、その華やかさを押し殺して演じるアルバートの、底知れぬ孤独と自己愛の世界が見えたように思った。アルバートは果たして同性愛者であったのかどうかは、最後まで曖昧なままだが、その演出もこの作品の空気にぴったり合っていると思う。
2013年劇場鑑賞作品・・・４１　　映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキングへ