女優としても活躍し、長編デビュー作「キャラメル」で高い評価を受けたナディーン・ラバキー監督が、祖国レバノンを舞台に、貧しい両親のもとに生まれた少年の過酷な境遇と不条理な運命を描いた衝撃の社会派ドラマ。キャストには主演のゼイン少年をはじめ、ほぼ役柄と似た境遇の素人が起用され、3年におよぶ綿密なリサーチから生まれたリアルかつ衝撃的な物語が描かれていく。
あらすじ:ベイルートのスラム街に暮らすおよそ12歳の少年ゼイン。両親が出生届を出さなかったため、正確な誕生日も年齢も知らず、書類上は存在すらしていないという境遇に置かれていた。貧しい両親はそんなゼインを学校に通わせる気などさらさらなく、大家族を養うために一日中厳しい労働を強いていた。辛い毎日を送るゼインにとって、かわいい妹の存在が唯一の心の支えだった。ところがある日、その妹が大人の男と無理やり結婚させられてしまう。怒りと無力感に苛まれ、絶望したゼインは家を飛び出し、街を彷徨う。やがて赤ん坊を抱えたエチオピア人難民のラヒルと出会い、子守をすることを条件に彼女の家に住まわせてもらうゼインだったが…。
<感想>両親を告訴する。僕を産んだ罪で。「存在のない」ってどういうこと、出生届をだしていない無国籍の難民のこと。難民であふれるレバノンやシリアでは相当数の「存在のない子供」がいるらしい。この映画の舞台は中東の貧民窟。少年が刑務所に収監中の12歳ぐらいの少年が、弁護士を代理人として裁判を起こす。僕を生んだ罪で両親を訴えたいと。両親と兄弟姉妹と暮らすこの少年は、學校へも行けず一日中働かされている。
その内、少年は家を出て行き、エチオピア系移民のバラックへ行き着く。そこでよちよち歩きの乳幼児の世話を任されることになる。ゼインを救ってくれたエチオピア移民のシングルマザーもまた、身分証がなく底辺の生活をしていた。親を捨てた子供が、今度は子供の保護者となった。救いようのない親に生まれながらも、ゼインは人種の違う小さな赤ん坊を必死に守る。それは、近くにいる悪い大人の男たちが、赤ん坊を狙って拉致して、売りさばこうとするからだ。
その母親も身分証がないために、街へ出て働くことができない。直ぐに移民局に捕まってしまう。強制送還させられるのだ。赤ん坊はどうなるのか、暫くは児童相談所みたいなところで一時預かりになるのだろう。その方が、食べ物と寝るところがあるからいい。
移民、児童婚、不法労働など、さまざまな社会問題が描かれるのだが、貧困ゆえに戸籍を持てず、身分が証明されないから、教育も受けられず貧困から抜けられないスパイラル。しかし、両親は働きにもいかないし、1日中汚い狭い部屋に寝ているのだ。
この映画は、自分ごとのようにそれらの問題を肌で感じさせる強い力があった。なぜならば、ナディーン・ラバキー監督が演じた弁護士役以外は、すべて物語と似た境遇の実際の難民であるということも驚きだ。怒りや絶望に満ちた眼差しは演技ではなく、本物なのだから。救いようのない親に産まれながらも、ゼインは必死に生きようとする。
少年が乳幼児の世話をしながら絶対的な飢餓という極限状態の中で、必死に生きる姿を捉えた映像には言葉もない。資金がないため出生届けを出されずに、戸籍を持たない子供たち。朝から晩まで路上で働かされ、ゴミ溜めのような部屋で両親と大勢の兄弟と暮らす。食べるものもないのに、子供ばかり増えるのだ。生活のため、11歳の妹は強制結婚をさせられる。
つまり、妹が初潮を迎えて女として大人になったと言う証拠があり、それで、両親は大家に娘を金で売り飛ばすということだ。売られた娘は、売春宿や臓器移植のために利用される。両親は、哀しみもせずに生きるために子供を売り飛ばすのだ。
ゼインはまだ大人ではない、遊園地の観覧車に乗って、夕日を見た大人びた横顔。もう片方の横顔の表情に想いを寄せる。少年は学校へも行ってないのに、12歳で自分の未来のため、残して来た兄弟のために両親を訴えるのだ。少年の素直さを大切にしなくては。この世界から希望は消えてしまう。ゼインの訴えに裁判長が下す判決は、・・・。
ただこれはドキュメンタリーではなく、劇映画だという形をとっている点に、いささかの違和感を覚えるのは私だけではないだろう。つまり、そこにある現実を忠実にそのまま記録するというドキュメンタリーと、その現実に手を加えて記録するセミドキュメンタリーやドラマの違いといったらいいのか。
平和な日本には、なじみの薄いものが多い。それでも他人事とは思えないのが、「育児放棄」や「幼児虐待」で罪のない子供が死んでしまう。そのニュースが後を絶たない日本の現実と、呼応するドラマでもあるからだろう。
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