2017年に没後40年を迎え、再び注目を集める伝説の画家・熊谷守一(モリ)とその妻・秀子の晩年の暮らしぶりを名優・山崎努と樹木希林の共演で描いた伝記ドラマ。30年間ほとんど自宅の外に出ることなく、庭の小さな生きものたちをひたすら観察して絵に描き続けたモリの浮世離れした生き様と、それに動じることなく、一緒に山あり谷ありの人生を歩んできた秀子との深い愛情をユーモラスなタッチで綴る。監督は「南極料理人」「横道世之介」の沖田修一。
あらすじ:昭和49年、東京。94歳になる画家のモリは、30年間自宅から出ることもなく、小さな庭に生きる虫や草花を飽きもせずに観察しつづける、まるで仙人のような毎日を送っていた。結婚生活52年の妻・秀子は、そんなモリの浮世離れした言動を当たり前のことのように飄々と受け止めていく。そんなある日の熊谷家。いつものように夫婦のもとには、朝から様々な訪問客がひっきりなしに現われ、にぎやかな一日が始まろうとしていたのだったが…。
<感想>30年余りも家と庭から外へ出ないで暮らす老画家夫婦の夏の1日を描いている。この映画を観るまでは、画家・熊谷守一のことは知りませんでした。冒頭での、昭和天皇が絵を見て、「これは小学生が描いた絵ですか」と質問をするところから始まるのも良かった。画伯の絵は、家のアトリエに雑然と飾られているが、抽象的な作画であり、文化勲章の授与を断ったというお方。
彼が1日中、家と庭から出たことがないという、一見そうなっているかのようだが、そこが問題である。山崎努が鬱蒼とした雑木林に囲まれた、住宅地における最大限の大自然な家が画家・熊谷守一が住む家だった。
朝ご飯がすむと、この朝ごはんの食卓風景も、まるでコメディである。守一の傍にはハサミやペンチのようなものがあり、みそ汁の具が大きいとハサミで細かく切って食べるし、ウィンナーはペンチでぎゅっと挟んで、ぺちゃんこにして食べる。お昼のカレーうどんは、箸にツルツルするうどんが掴みきれずに往生して、しまいには、丼ごと口へ運ぶものだから、こぼしてしまうのだ。
草木の茂みを散歩する庭歩き、蝶々や、カマキリ、セミが抜け殻から出るところ、そしてふと立ち止まり蟻の行列を見て、地面に寝転んでしばしの間眺めているのだ。1回ほど、彼が庭から門のところまで行き、外を覗き、自分の家の周りを歩くというシーンもある。
驚いたのが、庭の中に、下へ降りる階段があり、下には池があり木陰の隙間から太陽が覗いている。池には、めだかか、サンショウウオまで泳いでいる。それに、上の庭には、金魚が泳いでいる小さなカメもあるのだ。庭のいたるところに、一休みの出来る椅子のような石とか、樽とかが置いてあるのもいい。それに、疲れると庭の道にゴザを引き、寝っ転がって空をみるのだ。
妻の樹木希林が洗濯の干し物をする姿も含め、老夫婦の世界は成り立っているのだが、多彩な要素が加えられる。一緒に住んでいる姪っ子がいる。食事や掃除、来客の世話などをしている。それに、よく脚をつるのでスイミングへ行くと、そこでもバタ足泳ぎから脚がつり、大騒ぎ。
朝から次々と来訪者が登場するのは、主人公の寡黙さや純粋さを来客の賑わいで際立たせようという工夫なのだろう。それに、外の出来事が挿入される。隣にマンションが建つということで、その建設反対のビラが塀に貼ってあるし、その建設の現場監督がやってくるのだ。
隣にマンションが建つと、庭に太陽が当たらなくなる心配がある。それで、庭に掘った穴の下にある池。それを埋めて、庭にしようということになる。その穴を埋める土と労力はどうするのかと言うと、老画伯は頭がいいときている。その結果がどうなったかは、映画をご覧ください。
もちろん画商や、絵画関係者がひっきりなしに家にいるのだが、彼を撮影しようとするカメラマンの加瀬亮が、若い男を連れてやってきたり、信州の温泉宿の主人が、看板を描いてくれとヒノキの板を持参する。
その温泉旅館の看板に大きく墨で描いた字は「無一物」。旅館の名前を描いて貰いたかったのに。それに、家の門に貼ってある表札が、よく盗まれると言う出来事がある。姪っ子が、怒りながら守一に、「また書いてね」と頼むと、饅頭がはいっていた折の蓋に墨で書いてやる。
姪っ子がスイミングスクールから帰って来ると、大きな荷物の中から、肉や野菜がたくさん出て来て、少し痩せたから今夜はスキヤキにしようというのだ。樹木希林が、こんなに多い肉をどうするのと。すると隣のマンション建設に来ていた人たちを呼んで、ご馳走する。大勢での夕ご飯にも、この家の主人公は、スキヤキを美味しそうにほおばり、晩酌をして楽しんでいる。その後は、少し縁側の椅子で寝る。そして、12時頃に起きて、妻が「あなたお仕事の時間ですよ」と言って、アトリエに姿が消えてゆく。
ラストの展開では、写真家の加瀬亮が、傍に建ったマンションの屋上に駆け上がり、下を覗きカメラを取り出して撮る。画伯の鬱蒼たる庭が映し出され、老夫婦の姿が小さく見えた。
小さな自然の庭に、無限の広がり、無限の命、無限の自由を感じ取り、草花の前にうずくまりながら、無限の世界と戯れるのだ。仙人というより、まるで森に佇む妖精のようなお爺さんみたいだ。美しい木々の緑と、草花の映像、自然体のユーモアで老夫婦の日常を切り取ったドキュメンタリーのようでもあった。
2018年劇場鑑賞作品・・・139アクション・アドベンチャーランキング
「映画に夢中」
トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ
トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/29938836