直木賞作家・井上荒野の小説を原作にしたラブストーリー。結婚詐欺師の男と彼にだまされる女たちの姿を通して、人間の孤独や欲望を浮き上がらせる。メガホンを取るのは、NHKの連続テレビ小説「つばさ」「あさが来た」などを手掛けた西谷真一。「あさが来た」などのディーン・フジオカ、『コスメティックウォーズ』などの柊子らが出演。これまでのイメージとは一味違ったフジオカの結婚詐欺師ぶりに目を奪われる。
あらすじ:被害者だったるり子(柊子)を相棒にして、結婚詐欺を繰り返している古海健児(ディーン・フジオカ)。家具店勤務の麻美(中村映里子)、元編集者の真奈(松本若菜)、市役所勤めの鳩子(安藤玉恵)といった女性たちをだます一方で、妻の初音(貫地谷しほり)と仲むつまじく過ごしていた。ある日、鳩子が私立探偵・矢島(古舘寛治)に古海の行方を追わせたことから、被害者女性たちがつながりを持つ。次第に窮地に立たされる古海だが、謎の女・泰江(萬田久子)に助けられ……。
<感想>結婚詐欺師と騙された女たちの業を描写した物語であり、国内外で広く活躍するディーン・フジオカ主演で、映画化されている。映画に限らず主人公なる存在は、たとえ悪人でもキャラクターのどこかに人を惹きつける何かがあるはずで、だからこそ主人公に選ばれたのがディーン・フジオカなのだろう。
しかし、この作品での彼が演じる結婚詐欺師は、まんま口先だけのインチキ・セールスマンふうであり、これほど魅力ゼロに等しいって言うのも珍しい。
そこまでこき下ろすと、物語自体が薄っぺらで安っぽくなり、主人公の口先に乗せられた結婚願望の強い女たちも、どちらかというと呆れるほど愚かに見えた。どちっもどっちであり、「クヒオ大佐」や、「夢見るふたり」の方がまだましってことですね。
この映画では、妻役が貫地谷しほりで清楚でよかった。
そして、結婚詐欺師の最初の被害者ながらも相棒と自称して、古海健児の女房気取りをするが、柊子が煩すぎた。部屋の中でディーン・フジオカが、鏡に映り込む姿は、言う間でもなく“もう一人の自分”という自身の分身でもある。
中でも探偵の古舘寛治が、騙された女たちの金を返してもらおうと、奮闘するのかと思っていたが、ダメだったのにがっかりでした。この俳優さんも、どちらかと言うと、結婚詐欺師の役の方が似合ってたりしてね。
それに、萬田久子が出てきたので、これはひょっとして、古海健児の母親なのかもしれないなどと、勘繰りを入れてしまい、実はただの金持ち年増女の豪華客船での、アバンチュール旅行だったのかと。子供ころに、古海健児が母親に「好きな男ができたの」何て言われて、海へ捨てられた思い出があるから。だから、大人になったら、自分は女を騙して金をむしり取ろうと思ったに違いない。でも子供は、海から浮き上がって助かったとは描いてない。
それに、市役所勤めの鳩子に扮した安藤玉恵が、ブス女なのに、美人しか相手にしないディーン・フジオカが何故に選んだのだろうか。だから、市役所勤めの婚姻届けを受理する係の安藤玉恵が、どうして自分だけ結婚できないのか、そういったところへ、美男子の結婚詐欺師が現れて、騙されてしまう。
みんなで、結婚詐欺師の古海健児を訴えて、金を取り戻そうと結託するも、最後には、やっぱりみんなディーン・フジオカに惚れてしまっていたので、法的には訴えないというところで終わるも、古海健児はみんなの前で海へ落ちて死んでしまったように見えた。それに、揃わないルービックキューブなど、本作には隠喩に溢れているのだ。
それは主人公が本性を隠しているからに他ならないからであり、嘘で塗り固められた経歴の上っ面と同じように、物語の表層の向こう側にも隠れた何かがあるようだ。ですが、本当のラストは、砂浜に打ち上げられており、いつもの流れて来る歌「あした浜辺に~」が流れ、砂混じりで流れ着き助かったという落ちでした。裏びれて、ショボくなってもオールドバックのディーン・フジオカは、かっこよく映ってましたね。
それゆえに、港で始まるこの映画は、干上がった海面で幕を閉じているからなのであり、主人公にとって隠すものがなくなったからだけでなく、海面下に隠れていたものが、露になることは記憶の隠になっているからだと思う。
結婚詐欺師に騙される女の人より、詐欺師が可愛そうな人間でしたということの是非はともかくとして、ちゃんと書けているのがよかった。
2017年劇場鑑賞作品・・・147映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング/
あらすじ:被害者だったるり子(柊子)を相棒にして、結婚詐欺を繰り返している古海健児(ディーン・フジオカ)。家具店勤務の麻美(中村映里子)、元編集者の真奈(松本若菜)、市役所勤めの鳩子(安藤玉恵)といった女性たちをだます一方で、妻の初音(貫地谷しほり)と仲むつまじく過ごしていた。ある日、鳩子が私立探偵・矢島(古舘寛治)に古海の行方を追わせたことから、被害者女性たちがつながりを持つ。次第に窮地に立たされる古海だが、謎の女・泰江(萬田久子)に助けられ……。
<感想>結婚詐欺師と騙された女たちの業を描写した物語であり、国内外で広く活躍するディーン・フジオカ主演で、映画化されている。映画に限らず主人公なる存在は、たとえ悪人でもキャラクターのどこかに人を惹きつける何かがあるはずで、だからこそ主人公に選ばれたのがディーン・フジオカなのだろう。
しかし、この作品での彼が演じる結婚詐欺師は、まんま口先だけのインチキ・セールスマンふうであり、これほど魅力ゼロに等しいって言うのも珍しい。
そこまでこき下ろすと、物語自体が薄っぺらで安っぽくなり、主人公の口先に乗せられた結婚願望の強い女たちも、どちらかというと呆れるほど愚かに見えた。どちっもどっちであり、「クヒオ大佐」や、「夢見るふたり」の方がまだましってことですね。
この映画では、妻役が貫地谷しほりで清楚でよかった。
そして、結婚詐欺師の最初の被害者ながらも相棒と自称して、古海健児の女房気取りをするが、柊子が煩すぎた。部屋の中でディーン・フジオカが、鏡に映り込む姿は、言う間でもなく“もう一人の自分”という自身の分身でもある。
中でも探偵の古舘寛治が、騙された女たちの金を返してもらおうと、奮闘するのかと思っていたが、ダメだったのにがっかりでした。この俳優さんも、どちらかと言うと、結婚詐欺師の役の方が似合ってたりしてね。
それに、萬田久子が出てきたので、これはひょっとして、古海健児の母親なのかもしれないなどと、勘繰りを入れてしまい、実はただの金持ち年増女の豪華客船での、アバンチュール旅行だったのかと。子供ころに、古海健児が母親に「好きな男ができたの」何て言われて、海へ捨てられた思い出があるから。だから、大人になったら、自分は女を騙して金をむしり取ろうと思ったに違いない。でも子供は、海から浮き上がって助かったとは描いてない。
それに、市役所勤めの鳩子に扮した安藤玉恵が、ブス女なのに、美人しか相手にしないディーン・フジオカが何故に選んだのだろうか。だから、市役所勤めの婚姻届けを受理する係の安藤玉恵が、どうして自分だけ結婚できないのか、そういったところへ、美男子の結婚詐欺師が現れて、騙されてしまう。
みんなで、結婚詐欺師の古海健児を訴えて、金を取り戻そうと結託するも、最後には、やっぱりみんなディーン・フジオカに惚れてしまっていたので、法的には訴えないというところで終わるも、古海健児はみんなの前で海へ落ちて死んでしまったように見えた。それに、揃わないルービックキューブなど、本作には隠喩に溢れているのだ。
それは主人公が本性を隠しているからに他ならないからであり、嘘で塗り固められた経歴の上っ面と同じように、物語の表層の向こう側にも隠れた何かがあるようだ。ですが、本当のラストは、砂浜に打ち上げられており、いつもの流れて来る歌「あした浜辺に~」が流れ、砂混じりで流れ着き助かったという落ちでした。裏びれて、ショボくなってもオールドバックのディーン・フジオカは、かっこよく映ってましたね。
それゆえに、港で始まるこの映画は、干上がった海面で幕を閉じているからなのであり、主人公にとって隠すものがなくなったからだけでなく、海面下に隠れていたものが、露になることは記憶の隠になっているからだと思う。
結婚詐欺師に騙される女の人より、詐欺師が可愛そうな人間でしたということの是非はともかくとして、ちゃんと書けているのがよかった。
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